1941 ZEPHYRUS Vol.9
         赤城山麓のヒメギフテフ     田 中 恒 司 

 本誌第8巻 p.122 の新村太朗氏の南信州産蝶類雑記(T)のLuehdorfia線なるものに就き興味をもって読ませて戴いたが、その中に赤城山のヒメギフテフに就き未だはっきりしないといふ様な記事がある。筆者は昭和15年春、赤城山西麓にヒメギフテフ多数採集するを得たので、単に赤城山に於けるヒメギフテフの採集記録として其の概略を記してみたい。
 採 集 地
 群馬県勢多郡敷島村見間入、1/50000沼田地図敷島村に於ける525.9の三角点東方の三叉路(溝呂木、深山、小川田よりの)附近。上越線敷島駅(標高233)より東北東徒歩約1時間のところ。採集地附近は赤城山麓の開墾地として大部分は畑であり所々松、楢、櫟、落葉松等の林が散在している。採集地の小渓谷には杉が密生し此の杉の中及び附近には雑草にまじりウスバサイシンが紫黒色の花を咲かせている。
 採 集
 昭和15年4月25日 快晴 無風 採集地の桜満開す。はじめての道を地図相手に採集地に着いたのは午後の零時半、それから3時15分頃まで採集す。それこそとんでいる。春の陽光をあびながら杉林の上をとびまわり其の枝にとまるので採集は実に容易である。 捕虫網が一つではものたりない。採集放射器?とよばれるものでもあったらどんなに便利だろうと思うくらい、途中1、2頭のヒメギフテフをはじめての採集とはいえ棘ふみ分け山谷を下りつ上りつして追いまわしたことがおかしくなった。しかも此所は百米足らずの平坦な山路というごくせまい地域に待機しての思う存分の採集である。僅か2時間ばかりの間に♂27の採集をした。こんな天候にめぐまれて朝から此所へ来られたら7〜80頭のレコード採集は可能であろうと考えた。
 昭和15年4月28日 曇 時々晴れ 強風 11時半採集地着 午後1時頃まで採集す。風強きため飛翔しているものは殆どなく道路わきの地面に翅をひろげたままはりついているのが多い。従って採集は容易だが25日程は見られない。採集数♂14、♀4。
 昭和15年4月29日 快晴 無風 11時採集地着、午後2時頃まで採集す。この日天候にはめぐまれたが飛翔しているもの割合少く、しかも昨日の強風のためか破損しているものが多い。快晴無風天候には変わりなきも2時すぎには殆ど見られなくなった。採集数♂12、♀1。
 結 び
○ 3日間の採集合計 ♂53、♀5
○ ヒメギフテフは多数なるもギフテフは見ず。
○ 百米道路附近のごくせまい範囲にのみ飛翔している様に思われた。
○ 産卵中のもの一度目撃せるのみ。
○ 3日間の採集とも色々の都合から採集地に着いたのは何れも正午頃にて午前の
   様子がまだはっきりしない、否発生時期等も今後の調査を要する。
○ 赤城山西麓の一部にこれ程の発生地があるところを見ると、赤城山は勿論、本県
  の各地にわたりひろく分布していることと思う。今後採集調査を要する興味ある問
  題であろう。

赤城山麓見間入のヒメギフテフ採集道路(略)
(昭和15年4月28日撮影)
北面傾斜の途中に東西に1米足らずの平らな道がはしっている。右手の高い方は刈払いしたあとにまだ小さい落葉松が植林してある。道路すぐ右上の数本の落葉木はヤマハンノキらしい。中央にある真直のは落葉松。道路左は杉谷である。この杉谷及び右手の落葉松植林地にはウスバサイシンがあり、ヒメギフテフはこの道路を中心として杉枝に、落葉松枝に、或は地面の潅木等にとまりつ盛に飛翔しているのである。

※ 旧仮名遣い、旧漢字の一部を現在の標記に改めました。